スタッフ紹介

当院スタッフは全員国家資格保持者(柔道整復師、鍼灸師)で、それぞれ10年以上のキャリアがあります。
現在も院内研修や外部勉強会に積極的に出席し最新の知識や技術を学んでいますので、安心してご来院ください。

院長 山岡 洋祐 やまおか ようすけ

院長 山岡 洋祐

国家資格

  • 柔道整復師

経歴

  • 大阪市北区出身
  • 関西創価高校
  • 森ノ宮医療学園専門学校 柔道整復師学科

トレーナー活動

  • 平成16年~現在 関西創価高校ラグビー部 トレーナー
  • 平成23〜24年 アサヒ飲料クラブチャレンジャーズ アシスタントトレーナー
  • 平成24年 兵庫県ラグビースクール選抜 チーフトレーナー

その他、陸上、バレー、サッカー、バスケットボール、ドッチボール等サポート経験あり

「お前はヘマばっかりするから、ヘマ岡やな」
子供の頃、友達と遊んでいても足を引っ張ることが多かった私に投げられた言葉です。

私は、何もできない少年でした。

勉強の覚えは悪い。不器用。
兄弟の中で自分だけ足が遅くて運動オンチ。
同じように体操の習い事をやっても、自分だけ選手になれなかったり、ソフトボールのチームではいつも補欠だったりしました。

ですから一人で本を読んだり、ゲームをして過ごすことの方が多かったです。

「自分は人よりできない。こんなもん。」
人よりできないことで傷つくことが多かった私は、そう思うことが当たり前だったように思います。

そんなある時、こんなことがありました。

当時通っていた塾で、2ヶ月かけて問題集の60ページ分をやる、「長期課題」というものがありました。
実際かなりの量なのですが、やるのを忘れていて、気がつけば期限の3日前という状況。
それまで宿題などの類はきちんと期限までに終わらせていたので、この時は焦りました。ほとんど手付かずだったので、普通にやっていたのでは間に合いません。
ほぼ3日間徹夜に近い状態で仕上げました。もう、フラフラです。

なんとか宿題を仕上げ、塾で提出したところ、
「ああ、これは別に自由課題だから出さなくてもいいよ」
と衝撃的な一言が。

聞くと、自分以外誰もその課題をやっていなかったそうです。
それだったらこんな頑張らなかったのに〜と気が抜けました。

ところが、しばらくして行われた塾の統一模擬試験の後、事件が起こります。

模試も終わって、しばらくのんびり過ごせるな〜と思いながら塾に行くと、先生に呼ばれました。
何事かと思うと、急に肩を叩かれ、
「山岡くん、おめでとう!君が今回の模試で一番の成績だったよ!」
と言われたのです。

一瞬何のことかわからず固まってましたが、成績表を見せてもらい驚きました。
今まで下から数えた方が早かったはずなのに、信じられない位の好成績。
必死で宿題を終わらせたことが、自分でも知らないうちに力をつけてくれていたようでした。

このことは、
「自分は何もできない」
と思っていたのが、
「頑張れば自分もできるんだ」
と変わることができて、本当に嬉しかったのを覚えています。
自分の可能性を初めて感じられた瞬間で、もっと頑張ってみたいと思いました。

その後進学した中学でラグビーを始め、高校卒業までの6年間ラグビー一色の生活を送ることになります。
きついことも多かったですが、課題を見つけ、自分なりにトレーニングや練習でそれを乗り越えていくというのは楽しくもありました。

その中でたくさんの怪我も経験しました。
腰のヘルニア、鎖骨の粉砕骨折、鼻の骨折、太ももの肉離れなど小さいものも含めたら数えきれないほどです。

怪我で練習できなかったり、試合に出れないことは正直辛かったです。
頑張ろうという気持ちがあっても、一人でポツンと練習を見学するだけの日々に、何もできないもどかしさがありました。

そんな時、病院や整骨院に行くと、どんなに辛い時も温かく接してくれる先生がいました。
不思議と話していると勇気をもらえ、また頑張ろうという気持ちが湧いてきます。

「こんなカッコいい大人に、自分もなりたい。」

そう思ったのがこの仕事を目指したきっかけになっています。

私は、自分に自信が無かったり、人からできないとバカにされたり、怪我や不調で思うように日常が過ごせない人が気になります。

身体の不調で自分の好きなことができなくなった方や、思うように結果を出せなかったり、試合前に怪我をしてしまったりした選手をサポートする時は、自然と熱が入ります。

これはきっと、何もできずに自分の可能性を感じられなかった経験からだと思っています。

辛い身体の痛みや不調を持ちながらも、頑張っている方はたくさんおられます。
中には「自分はこの痛いのが当たり前。」「できないのが当たり前」と一人で抱え込み、可能性を閉ざしてしまう方も少なくないでしょう。
そんな方に施術を通して希望を感じてもらい、一緒に可能性を切り開いていきたいというのが、私の一番の想いです。

私のビジョンは、全ての方に自分の可能性を感じてもらい、それをお互いにサポートできる世の中を作って行くことです。

だから、身体の痛みや不調で自分の好きなことが思い切りできなかったり、可能性を感じられなくなったりしているならば、私に相談してください。
一人で頑張ってきたあなたをサポートし、一緒に新しい可能性を切り開けるように、私は全力を尽くすことをお約束します。

院長 山岡 洋祐

後藤 義弘 ごとう よしひろ

後藤 義弘

国家資格

  • 柔道整復師
  • 鍼灸師

経歴

  • 大阪府高石市出身
  • 上宮太子高校
  • 森ノ宮医療学園専門学校 柔道整復師学科
  • 森ノ宮医療学園専門学校 鍼灸師学科

トレーナー活動

  • 上宮太子高校サッカー部

小さいころから、両親は「興味があることは自由にやりなさい」と私にいってくれており、おかげで自由にのびのびと育つことができました。
中でも、特に興味を持ったのが、海外とサッカーでした。

家族で海外旅行に行ったとき、現地の方の陽気で明るい雰囲気や、自由奔放な性格に憧れを持ち、「将来は海外に行って自由に暮らすのもいいな」と思っていたのを覚えています。

私が小学生のころ、Jリーグが開幕しました。
両親が観戦に連れて行ってくれた際に、激しく楽しそうにプレーをしているのを見て衝撃を受け、すぐにサッカーを始めました。

そうして始めたサッカーは、とても私に合っていたようで、自由気ままにゴールをめざすのがとても楽しかったです。
楽しくのびのびとやっていましたが、5年生に上がる時に監督が変わります。
その方は礼儀や作戦などに厳しく、とてもきっちりしている方でした。

作戦に従うのが嫌で自由にプレーをしていたので、勝手に動くなとよく怒られていました。
表面では、言うことを聞いているふりをしていましたが、「試合に勝っているのになんで怒られなあかんねん」と内心では思っていました。

しかし何回も同じミスを繰り返すうち、ついにレギュラーから外されてしまいます。
学年に100人ぐらい部員がいたので、このままレギュラーを外されたら練習と応援だけになってしまう。
それが嫌だったのと、監督を見返してやりたいという思いから、作戦の意図を考えて周りを生かせるように頭を使って練習するようになりました。

これまで勝手気ままに行っていたサッカーですが、監督の言われたことを考えながらプレーをするようになったのです。
その結果、すべてにおいて質の高いプレーが行えるようになり、レギュラーにも復帰することができました。

自由奔放さだけでなく、人の意見を聞き入れることによって、より高いレベルでサッカーを楽しめることに気が付けました。
大切なことを教えてくれた監督には、今でも感謝しています。

その後、自分もケガが多かったことや、スポーツに携わりたいという思いからこの道に進みました。
その中で、いくつもの整骨院で働き、院長やトレーナーを経験してきましたが、マッサージや鍼灸治療をマニュアルで決められ、流れ作業の様に行う所が多く、自分の思う治療を自由に行えませんでした。

「これでいいんかな?本当に治っているんかな?」
「もっと自由に患者さんに寄り添ってしっかり治療したい」

と考えている時に、専門学校の同級生である山岡先生と再会。
深く治療について話し合う中で、考え方・治療方針が似ていたこともあり、一緒に城東整骨院で勤務するようになりました。

「スポーツがしたいのに痛くてできない」
「身体の痛みや不調で思うように出かけることができない。」

そんな悩みを、治療を通して解消してもらい、自由にスポーツや生活を楽しんでもらえるのが私の喜びです。

しっかりとお話を聞いて、一人ひとりに合った「あなただけの特別な治療」をさせていただきます。
あきらめず、私達にご相談ください。

副院長 後藤 義弘